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大久保利通とはどういった人物だったのか?
大久保が発した言葉、座右の銘などをもとに、どんな性格であったのかを見ていきたいと思います。

 

新しい大久保利通の魅力を感じられたら嬉しいです。

 

大久保利通の名言

大久保は多くの言葉、名言を残しています。
いくつかご紹介し、大久保の人物像に迫っていきます。

 

「彼は彼、我は我でいこうよ」
引用:https://www.a-inquiry.com/ijin/4317.html

豊富な知識や見聞を持っていた大久保ですが、こういった自分の信念を持ち続けたからこその偉業だったと思います。

 

 

「今日のままにして瓦解せんよりは、むしろ大英断に出て、瓦解いたしたらんにしかず。」
引用:http://iyashitour.com/archives/23897#page1

廃藩置県のことで熱い議論が続いていた時の言葉です。英断して行動にうつすことの重要性を説いています。

 

 

「目的を達成する為には人間対人間のうじうじした関係に沈みこんでいたら物事は進まない。そういうものを振り切って、前に進む。」
引用:http://iyashitour.com/archives/23897#page1

これも目標に対する実行力や意思を感じさせる言葉です。

 

大久保利通の座右の銘

大久保が座右の銘にしていた言葉があります。

 

堅忍不抜(けんにんふばつ)
どんなことがあっても心を動かさず、じっと我慢して堪え忍ぶこと。
引用:https://dictionary.goo.ne.jp/leaf/idiom/%E5%A0%85%E5%BF%8D%E4%B8%8D%E6%8A%9C/m0u/

 

目標を実現するために様々な策を練り、行動し続けた大久保にぴったりの言葉です。

 

 

為政清明(いせいめいめい)

政(まつりごと)を行うには、心も態度も清く明るくなければならない。
引用:https://kotobank.jp/word/為政清明-1689867

 

国事のために私財を投じたエピソードもありますが、政治家として自分に言い聞かせていた言葉なんだと思います。

 

大久保利通の性格

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冷たい、独裁者という印象を持たせてしまい、敵も少なくなかった大久保ですが、言葉や座右の銘、そして自身の行動からみていくと、違う一面が見えてきます。

 

実際これだけの偉業を成し遂げたにも関わらず、人気はいまひとつです。
大久保の印象を悪くさせているのが、征韓論以降、内務卿の頃の言動ですね。

 

大久保は産業、経済を発展させることを最優先させ、独立国として日本を守るために奔走します。
その中で同志とも意見の相違があり対立することもありましたが、大久保の考えは変わらず行動し続けます。

 

そのような行動姿勢は幕末から一貫しており、戦略を練り、着実に粘り強く実行していきます。

 

そういった徹底した実行力と無口ことから誤解させてしまうことがあったんだと想像します。

 

が広く、思慮深く、冷静、そして一度決めたら貫徹する大久保の性格、仕事ぶりが見えてきますね。

 

またプライベートでは囲碁を好み、負けず嫌いな面が伝わっています。
大久保が使っていた囲碁は重要文化財にもなっています。

 

大久保には9人の子供がいましたが、家族を大事にしていました。
どんなに忙しい時でも、短時間でも子どもの面倒を見たり、家族そろって食事をすることを大事にしていました。

 

大久保利通の身長

大久保は非常に大きく、6尺あったと言われています。

一尺が30.303cmですので、約182cmです。

 

その当時の平均身長が157cmでしたので、どれだけ大きいかわかりますね。

 

坂本龍馬の身長についてもご紹介させていただいております。
坂本龍馬の身長と体重について-有力説を徹底調査!

 

まとめ

大久保が産業を推進することに重きを置いていましたが、どこか薩摩藩主島津斉彬の考え方に通ずると感じます。

 

動乱期の中で、日本のために何が大事かという本質を冷静に見極め、思慮深く粘り強く行動しました。

 

大久保利通を一言で表現するなら、「信念の人」であると、私はそう思います。

 

読んでいただきありがとうございました!(^^)

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