維新の三傑と呼ばれるまでの人生を生きた桂小五郎(木戸孝允)ですが、「逃げの小五郎」というあだ名がついています。

 

そのあだ名だけを見ると、小五郎は不名誉な生き方をしたのかと思ってしまいます。

 

しかし、それは長州藩、そして日本のためにはなくてはならない行動でした。
そこには桂小五郎の生き方、生き様とも言うべき真意がありました。

 

今回は桂小五郎の生き方から、無事に生き延びるための心構えや大成するためのヒントを学んでいきます。
どうかお付き合い下さい。

 

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なぜ逃げの小五郎と呼ばれたのか?

長州藩のリーダーであり、明治維新には欠かせない大仕事を成し遂げた人物とは思えないあだ名です。

 

桂小五郎は剣術の腕前が超がつくほどの一級品であったことはご存知の方も多いと思います。

 

神道無念流練兵館の塾頭まで務めました。
新選組局長の近藤勇は小五郎に対して、恐ろしくてかなわないという主旨の言葉で評価しています。
それだけでも相当な強さであったことは十分にわかります。

 

そのあだ名がつくには当然理由があります。
実際のエピソードをご紹介させていただきます。

 

池田屋事件、新選組の奇襲を受け、長州藩、土佐藩、肥後藩を中心に多くの志士が倒れます。

 

事件当日、小五郎は池田屋に早く着いたために外出しており、戻るのが少し遅れたために難を逃れたという説と、屋根をつたって早々と逃げだしたという説があります。

 

いずれにしても小五郎はその奇襲をうまくかわして逃げ延びます。

 

続いて、禁門の変(蛤御門の変)の時も命を落としませんでした。
事件の直後に一度は会津藩、新選組に捕えられます。それでもトイレに行きたいと言って、その隙に逃走して藩邸に逃げ込みます。

 

その後も幕府側はかなりの兵力をもって攘夷派を追い込んでいきます。
その主犯であった長州藩、そのリーダー格の小五郎への捜査は厳しいものでしたが、小五郎は乞食などに変装するなどして何とか生き延びます。

 

このように、小五郎は執念とも言えるように逃げまくり、そして生き延びました。
それが「逃げの小五郎」と呼ばれた理由です。

 

 

逃げた真意と桂小五郎の生き様

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では、相当な剣の腕があったにも関わらず、なぜ小五郎は逃げたのか?
3つの真意があります。

小五郎の剣は実戦では強くなかった

1つは、神道無念流の剣術が実戦向きではなかったということが言えます。
竹刀ではめっぽう強い小五郎の剣も、真剣ではそれほどではありませんでした。

 

複数人で襲ってくるであろう相手を前に、逃げることを選んだことが想像できます。

 

強い使命感

池田屋事件、禁門の変で多くの藩士が倒れ、長州はまさに絶体絶命のピンチを迎えていました。
朝敵とされ、再度長州征伐が計画されていました。

 

当時は武士が畳の上で死ぬのは恥、逃げるのは悪とされていた時代です。

しかし、小五郎としては、
「こんなところで死んではいられない、自分がなんとかしなければならない」
そんな使命感によって気力を絞っていました。

 

事実、高杉晋作らは小五郎が生きていることを喜び、長州に戻った小五郎は指導者として藩を引っ張っていきます。

高杉晋作の死因、子孫など幕末のカリスマの生涯を徹底紹介

 

逃げ切ることができた精神と強さ

なぜ逃げの小五郎なのか、それは言いかえれば「生き延びることができた」からです。

 

危険を察知し、慎重を重ね、一瞬の隙を逃さず機敏に動く。

 

慎重に耐え抜く精神と、剣で鍛えた俊敏さや間を読む技量が備わっていたからこそ生き延びることができたと考えられます。

 

 

桂小五郎(木戸孝允)の名言

「大道行くべし、又何ぞ防げん。」
引用:https://www.a-inquiry.com/

自分の信じる道、正しい道を突き進むことで、道を防ぐものは何もない。
どんな時もあきらめず、くじけずに信じて生き延びた生き様を示しています。

 

「人の巧を取って我が拙を捨て、人の長を取って我が短を補う。」
引用:https://www.a-inquiry.com/

人には長所も短所もあるので、自分に足りないところは人の長所で補う。
藩、新政府のリーダーである小五郎が実践していたこと。

 

「己れの生き方に関わるような大問題を他人に聞くな。」
引用:https://www.a-inquiry.com/

これも自分の生き方に対して確固たる意志を持っていたことを感じる言葉です。

 

 

最後に

桂小五郎は確かに逃げたかもしれません。
しかしそれが長州藩を救い、薩長同盟、その後の倒幕が実現します。

 

そして小五郎は明治維新後も新しい国づくりのために大いに貢献します。

 

逃げることができたのはその後大仕事をするために、強い使命感をもっていたからです。

 

読んでいただきありがとうございました!

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